NYタイムズがソーシャル・インフルエンサーを活用、ブランドコンテンツのクリエイティブのためにマーケティング会社を買収

2016年4月1日
田中善一郎
マーケティング

クリエイティブの世界の新しいトレンドを発信するSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)で、メディア関連で興味深い発表がありました。ニューヨーク・タイムズ(NYT)のマーク・トンプソン会長が、マーケティング会社HelloSocietyの買収を明らかにしたのです。HelloSocietyはソーシャル・インフルエンサー・マーケティングを本業とする組織です。注目すべきはその組織を、NTYが社内のネイティブ広告専門部署「T Bland Stadio」に統合させようとしていることです。

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図1 T Bland Studioのフェイスブックページで, HelloSociety買収を伝えるAdAgeの記事が紹介されていた。

 

デジタル化で再飛躍を目指すNYTは、これからの売上の牽引役としてネイティブ広告事業に大きな期待を寄せています。SXSW会場でトンプソン会長は、T Bland Stadioの2015年売上高、つまりネイティブ広告売上高が前年に比べ倍増し、ネイティブ広告が順調に成長していることを誇らしげに語っていました。さらに勢いづけるためにHelloSocietyを獲得したということです。クライアント(広告主)に提供するクリエイティブおよびマーケッティング・サービスを強化していきたいようです。 

T Bland Stadio が企画・編集・制作するNYTのネイティブ広告には、優秀なスタッフが携わり多くの経費を投入しています。長文の大作が多いのも特徴です。このため、NYTのネイティブ広告は編集記事と比べても見劣りしないと、高く評価されてきました。でも、格式高いコンテンツであっても広告のために、編集記事のようには幅広く配信するのが難しく、特にミレニアム世代のような若い人たちにあまりリーチしていなかったのが課題になっていました。

そこでHelloSocietyのタレントやツール、ノウハウを取り込んで、もっと消費者(オーディエンス)目線でネイティブ広告をクリエイトし、ソーシャルメディアで拡散するように仕向けていけば、若い人とも接する機会が増えるのではと、期待を抱いているようです。HelloSocietyがT Bland Stadioにおいて具体的にどのような役割を果たしていくのかはまだ分かりませんが、ここで同組織のこれまでの活動を振り返ってみましょう。 

HelloSocietyは2012年に創立されたデジタル・マーケティング・エイジェンシーで、米Science,Incが所有していました。今回、NYTがScienceからHelloSocietyを買収したのですが、買収額は明らかにされていません。このHelloSocietyは創立してからしばらく、Pinterest(ピンタレスト)のマーケター向けのプラットフォームとして実績をあげてきました。そのあと、ピンタレストだけではなくてInstagram(インスタグラム)やYouTube(ユーチューブ)、Twitter(ツイッター)、Vine(ヴァイン)へと守備範囲を広げ、それぞれのソーシャルメディアのインフルエンサーを集め、ネットワーク化してきました。現在、そのネットワークには1500人以上のソーシャル・インフルエンサーを参加させ、ブランド(企業)とインフルエンサーとの橋渡しや、各種マーケティング支援を実施しています。 

ソーシャル・インフルエンサーは、特定のソーシャルメディア・サイトにおいてどのようなコンテンツを発信すればユーザーに受けて、拡散していくかを心得ています。彼ら自身もソーシャルメディアのユーザーですから、消費者の目線で投稿した彼らのコンテンツが共鳴を受け拡散しやすいということです。このため人気インフルエンサーともなると、一流ブランド(企業)よりも多くのファン(フォロワー)を抱えたりしています。ソーシャルメディアにおいては、個人インフルエンサーの影響力が企業よりも大きくなりえます。そこで企業もプロモーションなどで、インフルエンサーを盛んに活用するようになってきているのです。 

HelloSocietyのホームページを覗くと、こうしたインフルエンサーの何人かが以下のように掲示されていました。紹介例の多くはピンタレストのインフルエンサーでしたが、1000万人近いフォロワーを擁する人気者もいました。図2の中段左端のJamielynさんはピンタレストに約400万人のフォロワーを抱えていて、レシピやDIY/手芸品、休暇、子供などの写真を彼女のピンボードに投稿しています。また彼女のブログは毎月300万人も訪問者を集めるほどの人気となっています。彼女の作ったユニークな手芸品は、Fox、ABC、Huffington Postなどのマスメディアでも何度か紹介されるようになっています。初めは趣味の延長上でソーシャルメディアに投稿していたかもしれませんが、彼女のようにソーシャル・インフルエンサーを職業とする人が次々と生まれています。

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 図2 HelloSocietyのネットワークに加わっているインフルエンサー。フォロワー数(ファン数)が100万人を超えるインフルエンサーも多い

 

HelloSocietyのネットワークに入っているソーシャル・インフルエンサーには、写真家、シェフ、スタイリスト、DIYサポーターのようにユニークな専門性を備えた人が多く、同時に各ソーシャルメディアに適した優れたコンテンツ・クリエイターでもあります。たとえば、企業(ブランド)が作つたコンテンツに比べ、インフルエンサーが作ったコンテンツは2倍以上の効果が得られると主張しています。図3-1と図3-2に、企業が作った商品写真とインフルエンサーが作リ直した商品写真の例です。

NYTのネイティブ広告事業がソーシャル・インフルエンサーを活用することによって、どのような効果を上げていくのか、注目していきましょう。

 

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図3-1 企業が作った商品写真と(左)、インフルエンサーが作った商品写真(右)

  

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図3-2 企業が作った商品写真と(左)、インフルエンサーが作った商品写真(右)

 

◇参考

 

 

著者紹介
田中善一郎
田中善一郎
IT/メディアジャーナリスト。日経BP社で雑誌編集長、インターネット担当役員などを歴任。ブログ「メディア・パブ」(http://zen.seesaa.net/)にて海外のマスコミ・ウェブサービスを中心に、オンラインメディアの分析を行う。